「プロローグ18 本物の傭兵(後編)」




コズミック・イラ70、7月。
ラグンジュ4(L4)のコロニー群へとイライジャは向かった。
長引く戦いの中でとばっちりに遭い、多くのコロニーが廃墟と化していた。
コロニーが廃墟となるのは勿論、人がいなくなるからだ。
人はコロニーから地球へと降りる。
L4のコロニーの所有権は連合が持っているからだ。
コロニーが廃墟と化すには大抵が下記の手順に当てはまる。

1. 人数が少なくなると治安が悪化する。
2. 住民が少なくなったところを海賊どもが襲う。
3. 最終的に住む者は居なくなり、コロニーは廃墟となる。

という風にコロニーが廃墟となっていくのが大体だ。
このL4地域では地上への移住までの間に財産と命を守るために傭兵を雇うものが多い。
とはいえ、傭兵を雇うことは金持ちしか出来ない事ではあるが。
イライジャを雇ったのも、金持ちの一人だった。
その依頼者の名はゲーテム・センドリー。
コロニー界では、有名な社長らしく地球連合でもVIPな扱いを受けているらしい。
ゲーテムが今になって地球へ降りるのは、地球の方での会社の準備が出来たからなのだという。
いくら、金持ちであっても準備に時間が掛かるのは仕方のないことである。

ゲーテム:「んんんん!?コーディネーターか・・・・君は強そうだね〜」

イライジャは依頼主から声をかけられた。
突然の事でイライジャは驚く。
この場には他に10人ほど雇われた傭兵がいる。
その中で、イライジャはサーペントテールを目で探していた。
こんな仕事に来るはずないか、と考えたときに声をかけられたわけである。

ゲーテム:「顔の傷といい、さぞかし歴戦の戦士なのだろうね〜」
男の目は輝いていた。
おまけに巨体な肉体だ。
見るだけでも、嫌な感じがする。
余計な期待を持とうとしている依頼者に対し、本当のことを告げた。

イライジャ:「オレはコーディネーターではあるが、期待されるほどの能力を持っていない。それに傷があるのは敵の攻撃を受けたという事であって、強さの証明ではない」

ゲーテム:「では、何のためにここに居るのだ?」

イライジャ:「オレの事を知っても、雇ってくれるのであったら全力で戦う」

彼のこの信念は本当だ。
しかし、話を聞いて雇い主は雇わないと言った。
弱いといっている者を雇うなど、まずしない。
事実であるため、イライジャは反論できなかった。

クランプ:「こんな奴は、雇うだけ金の無駄ですぜ」

集まった傭兵の一人が笑った。
イライジャは声をした奴を見て、驚いた。
男は裏社会や傭兵界では有名なクランプ・カルツ。
幼い時から、傭兵の仕事をしている男。
そのため腕は一流である。
しかし、その過去を知るものはいないらしい。

結局、イライジャは解雇されたため屋敷を出た。
その際に庭を見ると一面に美しい花が咲いていることに気づく。
しばらく、立ち止まって花を見ていると後ろから声をかけられた。

ファイナ:「傭兵さんですか?」

振り向くと4、5歳くらいでドレスを着た女の子が立っていた。

イライジャ:「なんだい、お嬢さん」

彼は腰をかがめて女の子と同じ視線に顔を持っていった。
しばらく、話を聞くと守ってもらいたいものがあるらしい。
何を守ればいいんだい?と尋ねたところ、ファイナはこう言った。

ファイナ:「ジョセフが育てた、この庭の花よ」

彼女の目には幼いながらも決意が秘められていた。
イライジャはお遊びではないと理解する。
ジョセフとは庭師らしい。
報酬は一輪の花。
よく見るとそれはスズランという花なのだが、イライジャは気づくはずもなかった。
頭にはどうやって断ろうかと必死。
そう考えながら庭の一面の花を見て、突然彼は以来を受ける気になった。
ここまで必要としてくれている依頼者は居ないし、これを断ったら“本物の傭兵”になれない。

イライジャ:「いいだろう。一輪の花だけでいい。それで十分だ」

その言葉を聞くと、ファイナの顔に笑顔が咲いた。



彼は依頼者が移動した事を確認すると準備に取り掛かった。
略奪者が来ても、金目のものは屋敷にはない。
だが、来ないとは言い切れない。
彼なりの作戦を立てて、コックピットの中で待った。
報酬である一輪の花を添えて。

数時間後。
略奪者はMSに乗って現れた。
相手は民間にもよく出回っているプロトジン。
だが、機体的な差は殆どない。
イライジャはマシンガンを放ちながら、敵に突っ込んだ。
無謀ではあるが、自分を囮にして屋敷から引き離すしかなかった。
屋敷から引き離して、イライジャは違和感に気づく。
相手は本気で戦おうとはしていない。
が、彼は屋敷から引き離せただけで、満足だった。
10分もすれば、敵は勝手に離脱した。
敵が去ったと喜びながら、イライジャは屋敷へと戻る。
そこには、屋敷は存在していなかった。
庭も含めて、屋敷のあった場所が一面、炎に包まれていたのだ。
その時になって、彼はやっと先程の違和感を理解した。
敵は1人ではなく、プロトジンは囮だったのだ。

イライジャ:「くそっ!!!」

マヌケな自分へと怒りが込み上げる。
誰かに八つ当たりしないと心が壊れそうだった。
依頼者の花は戻ってこないと知りつつも。
ジンを走らせた彼は1機の機影を発見する。
胸の部分に蛇のマークが入っているジン。
それはサーペントテールの証。
足元には先程のプロトジンがアーマーシュナイダーを突き刺されて倒れていた。
突然、サーペントテールのジンから通信が入る。

劾:「・・・・・・止まれ。俺はサーペントテールの叢雲劾。仕事で略奪者達を仕留めるためにここへ来た。見ての通り、仕事は終わった。このまま、立ち去らせて貰いたい」

男は静かな口調だった。
相手の顔は分からない。
声のみの通信だったからだ。
イライジャは怒りをぶつける対象を見失った。
最終的にその怒りは自分へと戻って来た。

イライジャ:「うわぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

苦しさと悔しさのあまり劾に刃を向けようとしたが、出来なかった。
彼には罪もなく、悪いのは自分。
そのことを理解しながらも、彼は叫び続けた。

やがて、イライジャは落ち着いた。
何分叫んだのかは本人にすら分からない。
周辺を見ると、劾はまだ立ち去っていなかったのだ。
叫び声が聞こえていたのだろうか?
イライジャが落ち着くと通信を送ってきた。

劾:「お前は傭兵だな?何があった?」

気づくとイライジャは自分の受けた依頼を話していた。
劾の声に不思議な力を感じたからだろうか?
全てを話し終え、笑われるだろうと彼は思う。
自分は花を守る事さえ出来なかった。
そんな簡単なことすら守れない傭兵を。
しかし、通信機から笑い声はこぼれてこない。
通信機からの言葉はイライジャにとって予想だにしないものだった。

劾:「お前、サーペントテールに来る気はないか?」

一瞬何を言われたのかイライジャには理解できなかった。
どうして、一流の傭兵である劾が自分のような者を誘うのだろうか?
彼はその疑問を素直にぶつける。

イライジャ:「何故だ!?」

劾:「お前は本物の傭兵だからさ」

イライジャ:「オレが本物?だって、オレは依頼者の期待に答えられなかった。全然、駄目な奴なんだよオレは!」

彼は馬鹿にされたと思った。
一流がおちこぼれを拾う事は奇跡に等しいのだから。

劾:「お前は、傭兵がどう戦いに望むかべきかを理解している」

彼は答えた。
そして、静かに言葉を続ける。

劾:「傭兵は自分の主義や主張では戦わない。傭兵はただ他人のために戦う。自分の命を危険にさらしても。それだけに『何のために戦うか』が重要となる。お前は、他人にとって馬鹿げたことに見えても、依頼者と同じ気持ちに立って戦った。「依頼者の思い」、それを自分の“もの”に出来る・・・・・それが本物の傭兵だ」

彼は自分の考える傭兵の定義を述べた。
たとえ、馬鹿げた事であっても、その依頼を受けて戦う。
依頼者の思いを受け継ぐことで傭兵は強くなると。

イライジャ:「けど、花は・・・・・・花はみんな燃えてしまった」

劾:「だが、お前は生き残った。任務に失敗しても、依頼者の思いを持って戦った傭兵は、必ず強くなる」

強くなる?
自分が?
イライジャの頬には涙が自然と伝わっていた。
火傷しそうな熱い涙だった。
あのときに流した涙より、ずっと。

劾:「もう一度言う。サーペントテールに来い!」

イライジャ:「・・・・・・・・・うん!」

彼は微かな声で頷いた。
それ以上の言葉は口から出なかったのだ。
コックピットの中では、少女から渡された“一輪の花”が輝いていた。







END




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