「プロローグ17 本物の傭兵(前編)」
現在のザフト軍の大半は、ユニウスセブンの事をきっかけに入ったという理由が多い。
アスラン・ザラやニコル・アマルフィがそうである。
だが、中にはみんなが行くから俺もいくという理由で志願した者もいる。
例えば、イライジャ・キールがそうだ。
彼はコーディネーターでありながら、ナチュラル程度の身体能力しか持っていない。
そのことを何とかしたかった。
それが、イライジャが軍に入った大きな理由の一つだった。
彼の初陣は2月25日にザフトが襲撃した世界樹攻防戦である。
この戦いで訓練を1週間も受けていない彼の同期は早くも前線に出ていた。
しかし、彼は補給艦の警備が任務であり、前線に出てはいなかった。
彼にとって、ジンを動かすのがやっとだったからである。
一方の地球軍は第1艦隊〜第3艦隊までを投入した。
戦場では、MSとMAの差は激しくザフトが優勢なのは明らかであった。
クルーゼ:「これほどのものか・・・」
考えられていたMSとMAの比は3:1(初期は5:1や10:1と考えられていたが、現在は3:1)。
つまりMA3機で、MS1機に相当すると考えられていたのである。
その前にナチュラルとコーディネーターの差は歴然だった。
地球軍兵士:「ううわぁ!?」
ザフト兵士:「なっ!?」
だが、いくらMSとMAの差があるとはいえ、ザフト兵士も被害が出なかったわけではない。
この戦いでのザフト兵士の殆どはまともに戦闘訓練を受けていない者中心なのだ。
クルーゼのようにキャリアがあるのならともかく、訓練を受けていない者が討たれても仕方のなかった。
弱いものが討たれる。
戦争の世界では力がものを言うのだから。
戦いも終盤へ差し掛かりザフト軍は“ある兵器”を投入する事を決意する。
イライジャ:「なんだ?あれは!?」
彼がみたのは試験運用として投入されたニュートロンジャマーだった。
このニュートロンジャマーは地球軍にも味方にも損害を与えた。
結局、両軍ともそれなりの被害が出たものの、ザフト軍の勝利で戦闘は終了した。
なお、この戦いでラウ・ル・クルーゼはこの戦闘でMAを37機、戦艦6隻を撃破したためネビュラ勲章が授けられた。
また、この戦闘で所属不明の謎の黒いジンも確認されていた。
このことを知るのは、クルーゼくらいである。
クルーゼが勲章を授けられた事を聞き、前線に出ていないイライジャはクルーゼの活躍に劣等感に襲われていた。
イライジャ:「何故、あいつと同じジンを与えられながら、ここまで・・・・」
だが、当然と言えば当然の結果である。
クルーゼとはキャリアが違うのだ。
やがて、イライジャは軍を脱走。
軍を脱走してから彼はあてもなく、彷徨った。
クラン界に一時期拾われた彼は、やがて傭兵となった。
それからはジャンク屋組合からジンをレンタルしていた。
が、すぐに自分のジンを買うことが出来た。
ちなみに彼がハンターではなく、傭兵になったのは勿論理由がある。
彼はまともなMS戦が出来るはずなかった。
確かに依頼を選べるハンターだが、自分には改造できるほど資金もなければコーディネーターかどうかも分からない相手との戦闘もありえた。
しかし傭兵ならば、ハンターよりは仕事を選べる事ができ、相手がナチュラルであることを想定すれば敵は戦意喪失するはずと考えたからである。
当時はMSが1機居るだけでも、かなり戦況を変えることが出来た。
MAなら、余程の命知らずでなければ戦闘を行うはずなどないのである。
おかげで彼は連戦連勝だった。
この時の彼はまともな戦闘もしたことすらなかった。
ある時彼は依頼を受けた。
それは宇宙衛星のファクトリーの護衛というもの。
襲撃に来る海賊も多かったが、まだまだMSは中々手に入らない時代。
イライジャのジンの姿を目にするだけで撤退するものも多かった。
とはいえ、内心イライジャはある海賊を恐れていた。
それはログト海賊団という海賊である。
現在イライジャの手にしている情報の中で唯一、MSを持っている海賊なのだからだ。
しかし、その日現れたのはログト海賊団でもなく、本物の傭兵部隊だった。
ピキラ:「あの蛇のマーク・・・サーペントテールか!」
サーペントテール。
それは超一流と呼ばれている傭兵部隊。
蛇のマークが付いているのは、有名なMAメビウス。
このサーペントテールは状況に合わせて、機体を変えるらしい。
その時のイライジャは本物の傭兵というものを知らなかった。
イライジャは、勝手に傭兵とは“はったりで戦うもの”と認識していたのである。
ピキラ:「た・・た、頼みますよ、イライジャ先生」
その言葉にイライジャは任せておけと、格納庫へ向かった。
普通に考えて、MAとMSを戦わせようとは思わない。
イライジャは戦わずに勝てると過信していた。
が、戦いは一瞬で蹴りをつけてしまう。
イライジャ:「何!?」
格納庫から出撃してすぐに攻撃を受けた。
時間にして、1秒もなかったかもしれない。
それが、先程のメビウスかどうかなど定かではない。
この後のイライジャの記憶は曖昧で終わっている。
彼はジンから降りた後、ファクトリーを逃げ回った。
出てくる炎と煙。
心の底から現れる怯えと恐怖と言う、似ている感情。
絶叫し、転んだ。
ただ、生きるために彼は逃げた。
そして・・・イライジャは生き残った。
彼は呟く。
イライジャ:「凄い。見事に工場区だけが、こんなに綺麗に破壊されている!」
さすがは、一流のサーペントテールだ、とイライジャは思う。
彼らが戦闘した時間など、もう誰も分からない。
ファクトリーの主が生きているのかどうかも。
時間が経つにつれ、精神的に落ち着き始めたイライジャはあることに気づく。
自分の右頬がザックリと大きく切れているのだ。
右目の視界が真っ赤に染まる。
イライジャはどこで怪我をしたのか分からなかった。
ただ、右頬が痛いというより、焼け付くように熱いことが理解できた。
彼は傷に誓う。
イライジャ:「オレは・・・・オレは・・・本物の傭兵になる!」
そう決意すると、また動き出す。
とりあえず、彼は負傷したジンのところへ戻った。
もう一度乗るためだ。
その後、イライジャはとにかく今のコロニーから逃げた。
少しでも、あのコロニーから離れるように。
*
彼はあの事件以後、心を入れ替えた。
今までの自分は“ニセモノ”であった。
だが、今の彼は違う。
時間があるときには、クランの知り合いからMSの訓練を行った。
ルビイル:「違う!そこは後ろへ下がるんだ!」
彼はハンターのルビイル。
高い賞金が掛けられているガルグと戦いあったことは、傭兵の間でも有名な話。
あの戦いの真実を知らない者達が、勝手に噂を広げてしまったというのもあるが、イライジャにとっては目標の一つだった。
ハンターと傭兵は似ているようで違う。
だが、依頼が終わり報酬を貰ったりする辺りは共通している。
ルビイル:「よし、ここまでにしよう。俺は仕事が入ったからしばらくはここへ来れないから、練習はしっかり積んでおけよ!」
彼はハンターの中でも知名度が高く、仕事の合間を縫って、イライジャの練習に付き合っていた。
話してすぐに、練習していた廃墟コロニーからルビイルは離れていったのである。
彼が言っていたように依頼が入ったからだ。
程なくして、イライジャにも依頼が入り、依頼者の所へと向かった。
イライジャ:「私は弱い傭兵です」
自分のことを彼は依頼者に対し、正直に話した。
それは自分が“本物の傭兵”に近づくために必要だと思ったからだ。
当たり前だが、仕事は激減した。
MSが居るからの威嚇であったり、大規模戦闘での大人数の一人という仕事(ドラマ等で言うエキストラ)も少なくなかった。
だが、イライジャにとってはうってつけの依頼である。
実践で腕を磨く事ができるからだ。
彼の体は傷が戦闘をするたびに増えていき、人によっては傭兵を辞めろという奴もいた。
それでも、彼は傭兵を辞めなかった。
イライジャは再び、MSの訓練を開始した。
自分は“本物の傭兵”になるという決意を秘めて。
END
NEXT「本物の傭兵(後編)」